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中秋

中秋
夏は、夜。月のころはさらなり、闇もなほ--------  枕草子

作品紹介#4 中秋の名月である。
昔のお月見であれば薄(すすき)にお団子で良かろうが、現代の中秋の名月には何が合うだろうか? 
変るものと変らざるもの、悠久と刹那、動と静、円に直線、などと考えて構図を決め、日野市内浅川にかかる新井橋を通過するモノレールを開放3秒で光の帯で表現してみました。月は薄雲に隠れてすこしぼんやりと写り、直線との対比が面白く、川面の写り込みもきれいに撮れたと思いますが--。(ポジスキャン)

今日で作品紹介は終わりです。
フォトサークル燦燦の会員の作品の一部はこちらの掲示板でご覧になれます。

爽籟

爽籟
秋は、夕暮れ。-------、日入り果てて、風の音、虫の音など、また、言ふべきにあらず  枕草子

作品紹介#3 「爽籟」である。
爽籟は「そうらい」と読み、爽やかに吹き渡る風の音を表す言葉である。籟とはもともと三つ穴の笛のことで、そこからその笛の音もさすようになった。松籟という言葉があるが、これは松の梢を吹き抜ける風(の音)を意味している。このタイトルも読めない、意味がわからない、と不評であったが、説明をすれば、その通りだと納得いただけた。
乗鞍高原の秋の夕暮れ、日は既に山の向側に沈んでいたが、雲は残照に映えて明るく、一方すっかり落葉した樹は夕闇にたたずんでいた。
吹き抜ける風の音が聞こえるでしょうか?(ポジスキャン)
なお、玲瓏も爽籟も「美しい日本語帳(永岡書店)」などには掲載されている、立派な日本語で私が作った言葉ではありませんので--(念の為)。

玲瓏

玲瓏
秋は、夕暮れ。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに----- 枕草子

作品紹介#2 「玲瓏」である。
玲瓏は「れいろう」と読み、玉のように麗しく光り輝く様子、何物にも侵されない美しさ、を表す言葉である。読めない、意味がわからない、とタイトルは不評であったが、説明をすれば、その通りだと納得いただけた。12月30日、富士に沈む夕日を山中湖から撮ったもので、薄氷に夕陽が映り、富士の肩に沈みかかった陽の光芒が見事である。これではよくわからないが、空には淡く光輪もかかっている。(同じくポジスキャン)

春曙

春曙
春は、曙。やうやう白くなりゆく、山際すこし明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる。 枕草子

作品紹介#1
今回の作品展の共通テーマは「光そして影」であり、この作品のタイトルは「春曙」である。
4月下旬の早朝に清里から撮ったもので、当日は春とはいえ高原は寒く、−4度であった。
晴天の朝ではなく、富士山には薄く淡く雲がたなびいていて、雲の朝焼けを撮ることが出来た。プリントでは手前の山陰も黒くつぶれず、空も北斎調の色合いが綺麗に出ていたが、皆様のモニターにはどう出ているかな?(ポジを複合プリンターのスキャナー(2400DPI)でスキャンしたものですので、クッキリ感はもう一つです。)

作品展終了

作品
乾杯の笑顔に映る初もみじ 華了 

昨日で燦燦第1回作品展が終了した。
来場者は市長も含めて300人を超え、TVニュースでも放映されたのでフォトサークル燦燦は広く市民に認知されたと思う。
テーマ「光そして影」を決めてから、実質一年弱の期間で一人4点の作品は厳しいものがあったが、全員何とかクリヤーし、お蔭様で「テーマがあって素晴らしい」「統一感があって見やすい」「会員の精進がしのばれる」などご好評を頂くことが出来ました。
反面、第1回ということもあって、設営・運営にはいくつか反省材料もありました。
昨夜の打上げは大いに盛り上がり、次回のテーマを「みち」と定めて一年間活動していくことになりました。第2回の作品展もよろしくお願いいたします。

いやあ疲れました。4日間出ずっぱりでした。久しぶりの立ち仕事で、もも・ふくろはぎは筋肉痛です。4日間晴天が続いて会としてはありがたかったですが、この時期しか撮れない写真もあって、撮りにいきたいし会には行かなければならないしでうじうじしてましたが、昨日早起きして、始まる前に彼岸花を撮りに行ってきました。その後、作品展、撤収、打上げでいやあ疲れました、となったわけです。
余裕がないとブログも出来ないことも分りました。

これから機会があったら展示作品を紹介します。

燦燦作品展

燦燦作品展
(番外)写真作品展のご案内

昨日から写真サークルの作品展が始まりました。
結構楽しみですが、時間と気持ちをそれに取られてブログのほうがおろそかになってます。
日程などは写真を拡大してご覧いただけるとは思いますが、念のため以下に書き出しておきます。お近くでお手すきの方は是非ご来場下さい。
日時:9/21(木)〜 9/24(日) 10時から17時(初日は13時から)
場所:東京都日野市市民民会館 2F展示室 駐車場有り、電車は不便です。
出展:会員9名各4点、講師2点

楽しみは

チロリアンランプ
たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時 橘曙覧

チロリアンランプ(ウキツリボク)の蕾が大きく色づいてきた。もう2、3日で咲きそうである。駅前の喫茶店のフェンスに見事に育ったこれがあって盛んに咲いているので、このあたりでも冬を越せるようなのでホッとしている。

橘曙覧(たちばな あけみ)は幕末の福井の歌人で、あの正岡子規が「彼こそは実朝以後のただ1人の歌人である」と絶賛した人である。それほどの歌人であったので、藩主松平春嶽が再三召抱えようとしたが応じず(ついには藩主が曙覧のあばら家に会いに出向いた)、家族を慈しみ、利欲を求めず、世を恨まず、愚痴らず、ただひたすら自分の魂に忠実に生きた人である。(神一行著「楽しみの思想 橘曙覧」より)
生活は清廉かつ清貧であったが、何気ない日常生活の全てを楽しみに変えて、人生を楽しく、満足して生きたのは「独楽吟」、 を読めば一読了解される。昭和天皇がはじめて訪米した時に、クリントン大統領がこの人の歌を引いて日本的精神をたたえたことで、多くの人に知られるようになった。福井では小学校で福井の生んだ3賢人(?)の1人として習うと福井の友人が教えてくれたが本当だろうか?
このような歌を詠める心で生活出来れば、まさに俳句的生活の理想であるが-----、なかなかねえ〜。

タグ : 橘曙覧

のんべえ横丁

のんべえ
無聊げにこおろぎを見る黒い猫 華了

事務所から役所へ近道を通ると途中のんべえ横丁を抜けることになる。
のんべえ横丁の朝は意外(と言っては失礼だが)に綺麗である。渋谷区はゴミ収集を早朝に行うとTVで見たことがあるが、ゴミは無いし、いやな匂いも無い。今朝は飲み屋街を社会見学中らしいメモとデジカメ片手の外人様ご一行に出会ったが、この雰囲気であればもう一度夜に来て見たいと思ったかもしれない。このあたりのお店は一見では入りにくそうであるが、いつか入ってみたいものである。改装中の大工さんの話では店内も小奇麗だそうですよ。(保障のかぎりにあらずです。)

栗拾い

絵手紙栗
あくせくと起さば殻や栗のいが 一茶

栗の続きである。
大阪にいた時のはなしである。
社員レクリエーションで栗拾いに行く事になって、山陽道も無い時代に武田尾(三田市の奥)までえっさえっさとみんなで出かけた。予約した農協に着くと、事務所からおっさんが出てきて、「何人だっけ? ちょっと待って支度するから--」と、事務所の裏に廻って---、支度って何だと思います? いきなり裏の栗畑に栗をまきだしたんですよ。 「xx人分OKだよ、はじめて下さい」と言われても、度肝抜かれちゃったし、目の前でまかれたのを拾うなんて進駐軍(古い!)がまいたキャンデー拾うみたいだなと思ったりしてたら、やっぱり子供達が無邪気に「わ〜い、栗だ〜」と拾いはじめそれにつられて大人たちも何となく〜〜、そのあとバーベキューなどして結構楽しみました。栗というと思い出します。紅葉も綺麗だった。
写真は絵手紙をスキャンしたものです。

タグ : 栗拾い

到来物

到来物
栗の皮あいだにふたり向き合えり 華了

到来物である。
思いがけずご近所から物を頂くことをこんな風に言いませんか。
昨日、ご近所のから栗とサツマイモを頂きました。
おやつにゆで栗を食べたあと、栗ご飯用に栗の皮を剥かされました。
生栗の鬼皮は水に漬けておいて柔らかくしておけば比較的簡単に剥けますが、渋皮がなかなか大変です。はがすように削るように剥かないといけないのですが、子供の時に随分やらされたので意外と上手です。夫婦2人では10数個も剥けば充分です。
サツマイモは育てたことがあります。友達から苗を貰ってきて植えつけ、あとは放っておいただけですが、葛や雑草に混じって頑張ってくれて秋には細長いのが何本か取れました。焼き芋にして食べましたが、細いわりにはおいしかったような記憶があります。
お百姓さんは実にうまく作りますね。

秋は--

toto
秋来ぬと目にはさやかに見えねども冷たき便座におどれかれぬる 藤原敏行改

秋は便器で感じる。
どこが俳句的生活なんだ! まあそう怒らずに---。
秋を身体で感じるのはお互いこんな時しかないでしょう。
閑話休題
小学校時代、前にも話した偉い母親に「絵のお勉強」に近所のYMCAに通わされた。だから何だ!とそうプリプリせずに--、もちろん絵の話ではなく便器の話ですよ。
あるときどうしても我慢できずに大のほうに駆け込んだら、見たことも聞いたことも無い異様な便器があった。はじめてお目にかかる洋式便器だった(半世紀近くも前ですよ)、YMCAなので洋式便器しかなかったのだ。当時のものは蓋はなく、もっと細長く先(手前側)が尖っていて、しかもステンレスだった。便座はあったと思うがあいまいです。が〜〜ん何なんだこれは!? もう漏れそうなのでとにかく座ったが(さすがに便器の上に乗っかってしゃがむのはおかしいと思った)、自然に前向きに座るよねこれは、で前向きに座るとどうなるかと言うと--、(詳しく説明しても仕方ないけど)手前は浅いので盛り上がって来るわけですよ---。なんとか済ませましたけど--正式な使い方は何年かあとで映画で知りました。流すのもどうするのかわからなくてもう泣きそうでした、ほんと秋って感じで淋しかった。
写真はTOTOのカタログから

タグ : 洋便器

R4

R4
扱いに慣れる頃にはニューモデル   夢了
デジタルで切り撮り捨てる友の顔   夢了

1週間前にデジカメ買い換えました。 リコー R4 です。
600万画素、手ぶれ補正、光学7倍 (28-200mm)、1cmマクロですが、絞り優先、シャッター優先、RAW、ファインダーなどはありません。
手ぶれ補正と光学7倍 (28-200mm)ズームが付いているデジカメ入門機と思えば正解です。
使用目的を考えてこれにしました。
1.ブログ用のスナップ。作品を撮るのではないので簡単操作の方がありがたい。
2.すぐ撮りたい。ポケットに入れて持ち歩きたい。
3.広角が欲しい。28−200mmあればこれだけで充分。
4.手ぶれ補正も欲しい。
R4の2ヶ月前のお値段は39800円(15%のポイント付)、今回アマゾンで24000円で買いました。最新型のR5が9/15発売(R4は3月発売だった)なので今お買い得になっているのです。もっと安くなるかもしれないけど、待ちすぎると在庫切れになる可能性もあるので--。

使ってみて、軽い、使いやすい、ほどほど写る(但し色は派手です)で気に入ってます。(アキアカネあたりからR4で撮ってます。)
壊れやすいとの書き込みが掲示板にありましたが、壊れるなら保障期間中に壊れて欲しい---。

タグ : R4

かかし

かかし
秋晴れの田にこっくりとかかしかな 華了

案山子(かかし)である。
かかしの起源や語源はインターネットで調べて欲しいのですが、どう見ても効果は期待できそうもないので、おそらくは神事、お祭りのお供えとかお札みたいなものがだんだん変化して来たのでしょう。写真のかかしはリサイクルかかしというものだそうで(ようするに廃物利用)、コンテストに参加中のものでした。
写っていませんが、脇にタイトル、作者、材料などを示す看板が立ててあります。
何百年かたってまたもとのお祭りに戻ったということで、こちらもリサイクル(原点回帰)ですね。

かえる

かえる
油断なし片目でにらむ蛙かな 華了

里山の田んぼの水は落とされ、用水沿いの水溜りで蛙を見つけた。小さいけれども生まれ時にまとっていた鮮やかな緑は消えて、茶色い古衣を着たやや大きめ(それでも5cmくらい)の蛙である。かえるの種類が違うのかな?春に見たのはアマガエル、これはガマガエルとか--。危ない橋を随分渡ってきたらしく、油断なく片目でこちらを見ている。
反対の眼にうつる世界との折り合いはどうつけているのか訊いてみたくないですか?

アキアカネ

アキアカネ
アキアカネ朱に染まりつつ里に降り 華了

真っ赤なアキアカネを田んぼで見つけた。
え、もうこんなに赤いの!という軽い驚きがあった。アキアカネは山から里に降りてくるにつれて赤さが増してくるので、まだこんなに赤くないはずという思い込みがあったから--、しかも昨日は34度、秋には程遠い暑さです。
ヤンマと違って少し小さめのボディが夕陽に染まり、ススキの上を群れ飛ぶ、なんて瞬間を切り撮って見たいですね--。

夕焼け小焼けの赤とんぼ背負われて見たのは−−−いつの日でしたか?



タグ : アキアカネ

言葉

薄墨の霧
秋立つや薄墨色に明けにけり 華了 (写真はPowershotA700)

言葉である。
言葉には意味とイメージ(俳句的にいえば味わい)がある。
このイメージがある程度固まった言葉が季語ではないかと思う。
文章は意味で組み立てられ、イメージでは組み立てられない。
短歌はなにがなにしてなんとやらと文脈が作れるが、17文字では文にならないので、俳句はイメージを取り扱う。短歌は意味の世界であるが、俳句はイメージの世界であって、同じ伝統文芸であるが棲んでいる世界はまるで違う。
短歌は、枕詞、掛詞、縁語、本歌取りなど言葉の世界で遊べるが、俳句はそうはいかない。
俳句の季語、切字、手法としての取り合わせはすべてこのイメージを取り扱うものである。俳句はイメージによって読者に時空を超える世界を呼び起こす他律的な「解釈の文芸」であるので、一般的な意味で訴える力は弱いがイメージ(解釈、感慨)がぴたりとはまった時にその人に与えるインパクトは非常に強い。
さて、自分のことであるが文脈を作りがちである。写真でも「全部を写す必要はない、説明的過ぎる」と言われるし、絵手紙でも一部を大きく切り取るのは苦手で、ちまちまと全体を描きがちである。
同じでことで、私の場合は説明的すぎるのである。わかっているけど----なかなかね。

虫時雨

キリギリス
虫時雨懐かしき声聞こえけり 華了 

虫時雨である。
9月も半ばを迎えると、蝉の声と交代するように虫の声を聞くようになる。秋の夜長を盛大に鳴き通す虫の声を虫時雨という。せみ時雨、木の葉時雨(浅草時雨は私の好きな演歌です)などいっせいに物事が起き、過ぎ行く様を時雨に例えるようだ。またむかしの思い出で恐縮だが、旧東海道のワンマン道路(横浜新道のこと。ワンマン首相吉田茂が大磯から通う為に作らせたので昔はこう呼んでいた)の遊行寺から戸塚警察にかけての松並木を車で走っていたときに、開けた窓(エアコンなどは無かった)からほんとに盛大な虫時雨が聞こえた。親父があれはなになに、これはなになに、と珍しく饒舌に教えてくれたが、走っているのであれこれ言っているうちに、これだかあれだか、あれだかこれだか、どれがなんだか分らなくなって、そのうち怒りだしてやめてしまった。やめてしまったがこうして何十年経ったあとでも思い出すということは、なんでも言ったりやったりしておかないと相手の記憶にはのこらないということでしょうね。
やはりコミュニケーションの基本はFace to Faceで、ブログでああだこうだいっても所詮は独りよがり、のような気がしますが-----頑張りましょう。

タグ : 虫時雨

白露

くもの糸
しら露や茨(いばら)の刺(はり)にひとつづゝ 蕪村

白露である。
今日は旧暦の閏文月16日(ということは十六夜)「白露(はくろ)」である。朝夕涼しくなり草木の葉に宿る露が白く光るという意味で白露と呼ぶのだそうで、今朝は早起きして掲句のような写真を撮るつもりだったが露のかけらもなかった。(写真は去年撮ったものです。)
涼しいことは確かであるが白露というほど涼しくなったという実感はない。昔はもう少し涼しかったのでしょう。
と書き終わって、朝食を済ませたら霧雨が降ってきたので、露ではないけど雨の雫を撮ったので2点アップします。
しずくの光彩
蜘蛛の糸

タグ : 白露

デジカメ

IXY200a
電子音闇に響けり風の盆 華了

デジカメである。
丁度4年前に買ったデジカメ(Canon IXY200a 200万画素)を処分することにした。
ついこの間も連れ合いのハワイ旅行にお供したので良く写るし実用上何の問題もないが、シャッターのタイムラグが結構あるので使いにくいしブレるというのが理由である。まあ無理やり見つけた理由に近いけど、携帯カメラ(320万画素、オートフォーカス)と比べても見劣りすので---。どうしようかなと思ったけどインターネットで売ってみることにして、現在販売中ですので皆さんも覗いて見て下さい。今1500円ですけど4000円(購入価格の1/10)くらいまではいく、というのが私の予想です。次ぎに何を買ったかは----。

ウミホタル

ウミホタル
青白き生命の名残りウミホタル 華了

ウミホタルである。
きっと魔がさしたんでしょうね、土曜日の昼前に急に思い立って「ウミホタル観察会」に参加することにした。場所は三浦半島の突端、観音崎自然博物館である。夜は横浜中華街で食事だ!のひとことで連れ合いも大慌てで車に乗り込んだが-----。晴れて気温も高く、夏休みに出そびれた家族連れ、カップルで海へ向かう道路は渋滞中でノロノロとすすむ。逗子に着いたのが2時前で、ファミレスで一休み。道々写真を撮りながら城ヶ島に寄ってとの心積もりだったが、時間はドンドン過ぎてどこにも寄れず停まれずで4時半過ぎに現地着(5時までに駐車場入場、6時開始)という事態になった。帰りも現地発20時前で横浜に寄らず自宅直行で、近所で食事を済ますという疲れた一日となった。(帰宅22時30分)

さて、ウミホタルであるが青白い光を放って幻想的ではあるが、自然に光っているわけではなく、採集して光らせるという人工的な作業が入るのでホタル見物に比べれば情緒というものはない。日本沿岸の砂地で水深2〜4mの所ならどこにでもいるという生物(ミジンコみたいなもの)なので、簡単に捕れる。インスタントコーヒーの瓶のような広口瓶(蓋に7、8mm程度の穴を数個あけておく)に餌(レバーを使っていたが、普段は死んだ魚などを食べているので、かまぼこでもシラスでもいいとのこと)を入れて、海の中に10分程度つけておくだけである。紐を15mくらいつけて少し深いほうに放り投げていたが、堤防などがあればそこから垂らせばいいと思う。引き上げて、瓶の中の海水をネット(目の細かいもの、ストッキングで作ってもいい)に空けるとウミホタルがネットに取れるのでネットを揺らしたり、こすったり刺激を与えると青白く光る。海水でぬらすか、バケツに海水を汲んでおいてその中でやると効果的です。そうそうもう1つ注意点は餌をストッキングなどで包んでおかないとウミホタルが餌に食い込んで取りにくくなる。光を嫌う性質があるので昼間はまず採集出来ないので日没後になります。また初夏から秋は比較的浅い場所でもOKだそうですよ。
写真は医療法人博道会館山病院HPより

タグ : ウミホタル

信州#7 百合の里

百合の里
白百合や折れて汚れて風立ちぬ 華了   20D+35〜105mm+PL iku撮影

信州レポート#7 百合の里である。
富士見高原スキー場のゲレンデに咲く百合の公園である。最盛期は8月初旬までで、訪れたときは管理の人たちが来年に備えて花を全部切っている最中でした。ということで入園料は無料(最盛期は1000円、リフト券付)だったが、多くの写真雑誌に紹介されているような最盛期の見事さは充分想像できた。写真はいくつか残っていた花を撮ったものです。ここと霧が峰、高ボッチ、甲斐駒山麓の尾白川渓谷などをめぐる初夏の撮影行もきっと楽しいことでしょう。これで信州レポートはとりあえずおしまいです。

こちら↓はポジからスキャン(EOS-1N 35-75mm)
百合の郷

信州#6 光と影

樽
遠い日の陰影まとい醤油樽 華了 20D

信州レポート#6 陰影である。
小布施の老舗の土間に樽が置かれていた。
日本人はこのような陰影(光と影の創り出す時空間)が好きである。ただ暗い、明るい、と言うのではなくそこに美しさを見出し、時にはそのような時空間を創り出そうとする。床の間と雪見窓などはそのような仕掛けで、和紙にふっくらと吸い込まれた光が床の間を仄かに明るくして異空間を創り出すのである。日本家屋の深い庇と廊下も一役を担っている。子供時分には誰でもが床の間の薄暗い空間に、懐かしさと近寄りがたさを感じたと思う。
我々が好む陰影には徹底的な清潔さ、静かさも必須である。

浅く冴えたものより、沈んだ陰りのあるものを好み、美は物体にあるのではなく、物体と物体とがつくる陰影の綾にあるとする、谷崎の言わんとすることも理解できるような気がする。

タグ : 光と影

信州#5 りんご娘

りんご娘
高原のりんごコロコロはずみけり 華了

信州レポート#5 りんごである。
長野県はりんごの産地である。国道脇のところどころでりんごを売っているが、この辺りまで北へ来るとなんとなく素朴である。 403号線脇の直売所でりんごを買おうとしたら、「りんごはまだ早いよ。もう終わりだけど梨なら少しあるよ。」と昔りんご娘二人がすすめてくれた。5個で250円と格安(家で食べたらとても甘くてジューシーでおいしかった)、ついでに朝取れのトマトも買ったら、自分たちが食べるつもりだったであろう枝豆を両手に一杯おまけしてくれた。その日のお昼はこの枝豆と焼きとうもろこしですませてしまった。昔りんご娘の受けが良くなったのは、りんごの話のときに、私が国光や紅玉の話をしたり、農林1号、2号、金時など昔聞き覚えた農産物の名前をだしたところ、妙に懐かしがって「若く見えるけど良く知っているね、このあんちゃん」と思われたかららしい。写真を撮ってお別れに手を振って、なんとなく親戚のおばちゃんのところから帰ってくるような気分になった。

タグ : りんご

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